
[写真]公明党幹事長代理の富田茂之さん
ギアチェンジしたからか、季節の変わり目だからか。なんでこんなことに気付かなかったのかということに気付きました。
菅直人さんって、「平成23年度の特例公債法」成立と引き換えに内閣総辞職したんですよね。昨年7月以降の衆参ねじれとなって迎えた最初の通常国会が第177回国会でした。
ということは、次の第180通常国会でも、総理は内閣総辞職か、衆議院解散かの二者択一を迫られるということになります。
なぜこのことに気付かなかったのか、自分で分析してみました。
①通常国会冒頭から、民主党幹事長の岡田克也さんは、社民党幹事長の重野安正・衆院議員ら(7議員)と特例公債法案の衆院での3分の2(日本国憲法59条)による再議決をめざしていました。ところが、2月17日に、渡辺浩一郎(氏)や笠原多見子(氏)ら16議員が「自称・新会派」を結成。これにより社民党との協議が吹っ飛んだことの衝撃による空白感がありました。
②6月1日に提出された菅内閣不信任案が否決されたことで、菅政権が野党に勝ったという錯覚。これは内閣不信任案は衆院だけのものであり、参院では採決すらされていないので、参院で与党の議席が109議席と過半数に12議席も足りないことを忘れてしまって起きた錯覚です。
③8月9日の3党合意による「辞任3条件」で2次補正予算と再生可能エネルギー特別措置法の「2つのおまけ」付きになったことによる錯覚。これは菅さんの精神力の強さによる3ヶ月の粘りと岡田克也幹事長の政局センスと友情(同期当選、元同じ党を大事にし、かつ各党の長老が助けてくれる)により実現したもの。しかし、やはり竹下内閣での消費税法と予算成立と引き換えに総辞職したときと同様に、昨年7月に衆参ねじれになって最初の特例公債法案(平成23年度の特例公債法案)は予想通り、内閣総辞職と引き換えに成立したことに変わりはありません。
秋ということで、雑事を忘れたら、枝葉がとれてようやく気付きました。
再来年は衆院任期が8月に迫っているので、野党が特例公債法案を“人質”にとっても、衆院選で勝った側はその勢いでそのまま特例公債法を成立させられるでしょう。
ということは、次の国会(第180通常国会)で「平成24年度の特例公債法(案)」の成立と引き換えに、内閣は総辞職するか、あるいは衆院解散に応じるでしょう。ここはもう衆院解散した方が民主党は第46回衆院選の地滑り的惨敗からは逃れられる可能性が高まる。民主党と国民新党が衆院過半数を維持できれば、野田内閣は続投できます。もちろん、総選挙で勝てば、野田内閣は続投だし、代表選は無投票再選でしょう。ダメでも、教科書には載るし、再登板の可能性はゼロではありません。野田さんが総理を引き受けたことに男気を覚え、国民として感謝の念を持ちます。あるいは、民主党実力者がそういうサジェスチョンを周囲にしているのかもしれません。
だから、岡田さんは「政治的資源を使い果たした」「党内に敵をつくりすぎた。私は身の程をわきまえています」「少し休みたいというのが本音です」と言って、代表選に出ず、かつ国会対策にあたる内閣官房長官、特例公債法案の答弁に当たる財務大臣を断ったんでしょう。財務大臣については「断った」のではなく「総理から打診がなかった」として岡田さんは「報道が違う」としていますが、私はそれはあまり大きな問題ではないと考えます。ところで、昨日も日曜日だったので、岡田さん関連のエントリーが平日と違ってグンと伸びました。かなり驚くほどです。おそらく、青年中年サラリーマンの方がアクセスしてくださっているのでしょう。で、岡田さんの小ネタはまた書いてあるのですが、とりあえずきょうは違うエントリーです。
自分でブログに書いているにもかかわらずビックリしたというのも何ですが、ことしは公明党の富田茂之さんのことを書くケースが多くて自分でもビックリします。富田さんは先週から、公明党幹事長代理になりました。昨日30日(日)付の朝日新聞4面の「政治考」というコラムでも、編集委員の星浩さんが触れていて、一躍時の人となっています。
[画像]2011年10月30日付朝日新聞4面。
[星さんのコラムから引用はじめ]
公明党の富田茂之衆院議員にはこんな「野田佳彦体験」がある。15年ほど前、2人は新進党の千葉県連に所属していた。1996年の総選挙で野田氏は落選、富田氏は当選。千葉市内で毎月開かれる県連の会合で顔を合わせた。
富田氏が事務局に「落選の身なのだから車代くらい出したら」と頼んだが、資金不足で無理だという。それなら、すしでもごちそうするかと思って、野田氏を誘った。野田氏はしこたまのみ、食べた。「車代の方が安かったかな」と富田氏は苦笑いする。
2000年の総選挙では富田氏が落選、野田氏は当選。選挙直後、野田氏は国会近くの中華料理店で富田氏を励ました。野田氏は「浪人中に受けた激励は、決して忘れません」と頭を下げた。富田氏は03年の総選挙で復帰。2人の友情は続いている。
公明党と、その支持母体の創価学会の人たちは、こういう「人情」に弱い。同じ民主党の首相でも、公明党と距離のあった鳩山由紀夫、菅直人両氏とは少し違う。そんな空気が公明党内に漂う。(後略)
[引用終わり]
現在、野田首相に限らず、地方自治体・地方議会との窓口になる藤村修・官房副長官、川端達夫・総務大臣らはみんな元新進党員です。公明党の声が国政に伝わりやすい態勢になっています。とくに川端さんは新進党を離党し、復党した珍しいパターンです。おそらく川端さんだけではないでしょうか。「悩みながらも新進党(小沢一郎党首)に残った」ということで、それは、創価学会のみなさんと、心情が近いでしょう。
さて、来年の6月ごろに総選挙があるとすると、自民党と公明党が連立を前提にして衆院選を闘うことは不可能です。なぜなら、参議院は自民党が83議席、公明党が19議席なので、あわせても、102議席しかなく、民主党の106議席に及ばず、政権交代しても、参院第1会派が民主党・新緑風会であることは動きません。第46回衆院選後に他党に連立参加を呼びかけても、みんなの党(11)、たちあがれ日本(3)、新党改革(2)、自民党系無所属(2)を入れても過半数に2議席足りません。あるいは社民党(4)や国民新党(3)を入れても、みんなの党(11)が離脱したとたんに衆参ねじれとなり、みんなの党がキャスティングボートをにぎる政権になります。参院では日本共産党の6議席がポイントになりますが、公明党とは長年の歴史的経緯から、地方組織や支持者の確執は今も根深く、連立や閣外協力は国会議員が決めても、地方議員・支持者が許さないということになるでしょう。また、第23回参院選で、自民党と公明党の2党で過半数を得るには、今の定数では両党で63議席が必要で、第22回参院選よりもさらに4議席の上乗せとなります。これは現行選挙制度では無理でしょう。
ということは、やはり第46回衆院選では、公明党は自民党と民主党のいずれが衆院過半数や、あるいは比較第1党になってもいいという両にらみが必要となります。仮に今の定数で、民主党が220議席ぐらいをとって比較第1党なら、公明党と組めば、衆院過半数、参院でも過半数(125議席)となり、イチバン政治が安定します。そのうえで、選挙制度改革、国会法改正、さらには、自民党も含めて、憲法改正案を発議(総議員の3分2以上)して参議院のあり方を見直すことも視野に入ってきます。
一つ言えることは、第46回衆院選で、公明党が単独マニフェストで望むのは確実ということでしょう。また、日本のいしずえとして、細川・羽田内閣を支えた8党派の若手議員の議員連盟である「いしずえ会」(岡田克也事務局長)の会員だった佐藤茂樹さんも、大阪第3区から出馬する予定となっています。この選挙区の国民新党現職は、6月2日の衆院本会議で、内閣不信任案に賛成しています。とはいえ、民主党が候補者を立てても、なかなか厳しいでしょう。民主党は不戦敗という選択肢もあります。ぜひ、富田さんも佐藤さんも党だけではなく、日本のいしずえになってほしいです。